心にしみる名言、知恵と勇気がわいてくる名文を、千年の古典名著から毎回お届けしています。
No.15
分別も久しくすれば寝まる。
No.16
礼にて腰は折れず、敬語で筆は磨り減らぬ。
~山本常朝『葉隠』能文社 聞書一より。
No.15[解説]
『葉隠』鍋島直茂の主筋、龍造寺隆信の言葉です。瞬時の判断を誤れば、我も国も滅び、一日たりとも生き残ってはいられなかった戦国武将らしい至言。同段に、これを古人の言葉として「七息思案」という成語で表現していますが、調べたところ主な和漢籍では典拠不明でした。ただその意味は、一つから七つまで息を吸って吐く間に決断せよ、ということ。「七呼吸」という数は、おそらく当メルマガで紹介した日本人固有のリズム感”四拍子”から来ているものと推測します。1,2,3,4…と、「7」まで数える間に考え、「8」の瞬間に決定・実行する。
ちなみに、七息は計測するとおおよそ十数秒間です。考えるには短く、決断するだけなら長いといえます。しかし、生きるか死ぬか、実践あるのみ、というこの時代の判断プロセスを規定した絶妙な時間感覚といえましょうか。
『葉隠』には直茂に同種の名言として「大事な思案は、軽くすべし」があります。また同時代、宮本武蔵には「居つくは、死に手」もある(五輪書)。重要な懸案事項ほど、寝かせるな、先送りするな、ということです。
「寝まる」は方言で、寝そべってくつろぐこと。国の存亡をかけた、最重要・最優先・最緊急課題が、延々と何十回も詮議され、ついに長々と寝転がって腐ってしまうわけですね。
No.15[本文抜粋]
古人の言葉に、七息思案というものがある。隆信公は
「分別も久しくすれば寝まる」
と仰った。
直茂公は、
「万事しだるいものは十に七うまくいかぬ。武士は物事手っ取り早くするものぞ」
と仰った。
心気がうろうろしだすと、分別も埒が明かず。淀みなく、さわやかに、凛とした気では、七息の間に分別は済むものだ。胸すわって突っ切れた気の位である。口伝する。
(聞書き一/一二二)
No.16[解説]
著者、山本常朝は「礼は、相手を見ず、恭しく振舞う。相手と場に応じて礼をしようとするから、不足する」といいます。「相手を見ず」は相手の顔や目を見ることではなくて、相手の肩書・地位を考慮判断せず、という意味。相手がどうあれ常に深々とお辞儀する。
メルマガで紹介した近代茶道、”草行真の礼”の画像がありました。正座して手をつき辞儀するのですが、草・行・真で、それぞれ腰・首の角度、手のつく位置を変えています。”草の礼”では、首をかしげるように、やや面をそむけ、上体をほんの少し前に傾けただけ。ぼくは点前の門外漢、お作法のことはわかりませんが、やはり「何かおかしいな」「不足」と感じます。
話しの脱線ついでに、能と居合の礼。能では、舞台上、閉じた扇を前におくこと、すなわち「礼」の型となります。舞台の上で手をついてお辞儀することは決してありません。舞台以外では普通にしますが。
居合では、前についた両手の親指と人差指の間に三角の空間をつくる。その間に額をつけて礼をします。この間、”刀礼”という刀を扱った特殊な作法があります。さて、この三角ゾーンに額をつける0コンマ何秒以外は、上体を上げ下げする間、ずっと対面相手(対戦者)から目をそらしません。顔を起こしたまま、上体を傾ける。視線を外した瞬間、抜き打ちをかけられるからです。殿中以外では、武家の辞儀はこうしたものだったのだろう、と想像します。
敬語については、今の日本何をかいわんや、です。親も教師も敬語を知らない、使えない。「です」「ます」が敬語だと思っている子供がいる。あるいは、敬語は古語だと思っている。
言の葉庵では、敬語の是非を議論しませんが、常朝の厳格オヤジ、神右衛門が「筆は磨り減らぬ」といった真意だけはおさえておきましょうか。これも原則「相手を見ず」ということですが、その裏には戦国武士のしたたかな処世術が見えます。ひとつは、昨日の友は今日の敵、ということ。いまひとつは、「書いた物は残る」ということだと思います。これにつき、毎日何十件もビジネスメールを受けている現代人が、ハッとする至言が神右衛門にあります。次回、ご紹介しましょう。
No.16[本文抜粋]
「礼にて腰は折れず。敬語で筆は磨り減らぬ」
と父、神右衛門が常に言っていた。最近の人は礼をあまりしなくなったので、うかと見え姿勢も悪い。相手を見ず、恭しく振舞うがよし。また長居する時は、始めと終わりに深々と礼をする。中座は、場を読みよきにはからう。相手と場に応じて礼をしようとすると、不足するものだ。近頃の衆は無礼でせっかちになったものだ。
(聞書一/一四五)
→葉隠はこちら
→
2006年08月24日 12:19
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