心にしみる名言、知恵と勇気がわいてくる名文を、千年の古典名著から毎回お届けしています。
No.35
無一物中無尽蔵。花あり月あり楼台あり。
~蘇東坡 詩
蘇東坡は、唐宋八家の一とされる北宋の大詩人。そして、禅家でもあります。この句は、絵筆をもって真っ白なキャンパスに向かった時、何もないと思われた白い空白=無の中に、想像力を働かせ、心を投影すれば鮮やかに、花、月、楼台がありありと見えてくる、というもの。たとえば、水墨画のような深い霧の中。あたり一面、灰白色の”無”の世界です。しかしある瞬間ふと目を凝らして見れば、間近に鮮やかな花の紅、頭上には煌々たる満月、その月にかかる幾重もの高楼が、くっきりと浮かび上がってくる…。「無一物中無尽蔵」は、無の中に有、虚の中に実を観る、禅の悟りをあらわしたものといわれています。
我執我欲を捨て、心を虚しくすれば、そこにありとあらゆる豊かさが満ちてくるもの。道元が「放てば手に充てり」と喝破した境地なのです。
南宋禅、六祖慧能も「本来無一物。いずれの処にか塵埃を惹かん」と悟りの偈を遺しました(六祖壇経)。禅の空の境地とは、菩提もなく煩悩もなく、あまつさえ身も心もない、”無一物”のものであるはず。しかればなにゆえ、何もないところに塵や埃が積もろうか…、と説くのです。
そして空虚な無の世界に、満ち溢れる生命力を、日本の侘び茶人は発見するのです。
見わたせば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕ぐれ
(藤原定家 新古今集)
武野紹鴎は、この歌の中に”侘び茶の湯の心”あり、とした。それに対し、千利休は、
花をのみ待つらん人に山ざとの 雪間の草の春を見せばや
(藤原家隆 六百番歌合)
の歌に、侘びの根本精神があるとして、手元に書付け愛唱したと伝えます。墨絵の中におぼろに見える、花、月、楼台。固い根雪を割って萌え出づる、鮮やかな緑の息吹き。人は目を凝らし、見ようとする限り、どこにでも豊かさは見つかるもの。なぜならそれは、すべての人の心の内にあるものだからです。
[原文]
素紈描ず意高いかな
もし丹青をつければ二に落ち来る
無一物中無尽蔵
花あり月あり楼台あり
2009年01月01日 14:39
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